梅田望夫「ウェブ時代をゆく」を読んで気になったこと

 世界がこれからどんどん変わっていく。で、そんな世界でどう生きようか?ということを考えるための本である。なかなか読ませる本だったし、我が身を振り返っても、色々と考えるヒントをくれるいい本だと思った。

ウェブ時代をゆく ─いかに働き、いかに学ぶか (ちくま新書) ウェブ時代をゆく ─いかに働き、いかに学ぶか (ちくま新書)
梅田 望夫

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 今回は、この本を読んで気になったことを書く。
 まず、この本はどんな人に向けて書かれた本か。

世界が豊かになりモノが溢れ、先進国の「中の下」あるいは「下の上」よりも上の生活から「生存の危機」が現実的に消えた。

 つまり、「生存の危機」が現実的に消えている人、あるいは当面は「生存の危機」が無い人向けの本なのである。この本を読むときはそれを認識しておいたほうがいい。「生存の危機」に脅えなくて済む生活ができればいいな。
 さて、梅田氏は現在の日本社会の中枢にいる人が「想像力を欠いている」と指摘している。

「大組織を離れる」イコール「路頭に迷う」「人生のレールを外れる」みたいな極端な表現をカジュアルに口にし、それがあたかも真実であるかのような錯覚を人々に与える。じっさい彼らの大半は「目の前にあるすべきことに情熱を注ぐこと」ができた人であり、そうでない人への想像力を欠いているのだ。「好きを貫いて生きていけるほど、世の中、甘いもんじゃない」という大人の言葉は、日本社会の中枢にいる人々の傾向と表裏一体をなすものである。

と述べている。ところが、梅田氏自身が別の部分での「想像力を欠いている」のだ。

「自助の精神」について語ると、それだけで日本では強い反発がある。「強者の論理」でいけないと言う人がいるのである。

社会をどうこうとか考える前に、現実問題として個がしたたかに生きのびられなければ何も始まらないのではないか

 「自助の精神」ではどうにもならない人が増え、目につくようになってきた。日々の糧を確保するのが精一杯で消耗しきってしまい、そしてそこからなかなか這い上がれず、社会の構造的にスキルアップできる機会すら与えられず、『今、職がないからと言って、糊口を凌ぐレベルの「仕事もどき」をしても、職も住居もない人にとっては、なんのスキルアップにもなりません』と言うと「スキルアップまで望んでるのか。図々しいなぁ」と言われ(「スキルアップでキャリアアップ」という考え方が「望ましいもの」として推奨される一方で、ある種の人が同じことを言うと「図々しい」扱いされるという現象はとても興味深い)つつ、スキルがないから這い上がれないことについては全て自分の責任にされてしまう人たちだ。そしてそういう人は今後もどんどん増え続ける。そういう人間を増やす構造になっているし。つまり、「現実問題として個がしたたかに生きのび」るためには「社会をどうこう」しないとどうにもならない人たちがこれからどんどん増えていく。
 ただ、梅田氏にとってはそんなことは与り知らぬことなのだろう。だって梅田氏は「生存の危機」が現実的に消えている人向けに本を書いて商売しているのだから。
 また、「自助の精神」に対する反発についてだが、これは別に梅田氏の意見や生き方そのものが反発を受けているわけではないと思う。ただ、梅田氏の意見は、例えば経団連のお偉方とか人を使い捨てにして大儲けしている人材派遣会社の社長とか、「国は俺にとって都合のいい人材を教育して俺のところに供給するのが当然だ」とビジネス誌で喚く居酒屋チェーンの社長を名乗るキチガイとか、そういう連中にとって恣意的に利用し易いのだ。というかもしも自分がそっちの立場だったら、梅田氏の言う「自助の精神」を徹底的に利用するだろう。
 時代は確かに変わっている。「知の高速道路」を利用して「好きを貫く」という生き方がかなり多くの人にとって可能になってきた。だがもう一方では「自助の精神」以前の問題として「生存の危機」にさらされる人も増えている。そこまで踏まえた上での「新時代の生き方」をどうするか、を考え体系づける言説が出てきてもいい(というか既にあるんだろう)。自分はそこに興味がある。
 梅田氏はそういうことには興味を持たないだろうし、優先順位を割り振ることも自身のリソースをつぎ込むこともないだろうなと思う。もちろん自分のリソースをどうつぎ込むかは本人が決めることなので、そのこと自体が良いとか悪いとかそういうことではない。
 あと、これは読む側の話だけど、この本に出てくる「オプティミズム」と思慮の無さをごっちゃにしているのが目について、なんなんだろうなと思う。この本を自分の都合のいいように解釈して「自分はオプティミストだから正しく、自分を批判する奴はオプティミストじゃないから間違っている」って本気で思いこんで(しかもそのことに対する自覚もない)他人を見下すような連中を見かけると本気で悲しくなる。

※2009/5/7追記:
 というかさ、「好きを貫いて生きる」ことだって甘くないんだよ。この本を読んだ人ならわかると思うけど。
 あと、上の方でこの本は『「生存の危機」が現実的に消えている人、あるいは当面は「生存の危機」が無い人向けの本』と書いたけど、もう一つある。梅田氏がこの本の中で「ウェブ進化論」の感想を下記のように紹介していた。

リアル社会の職業だけからは「大衆」層に分類されてしまうかもしれないし「エリート」になりたいわけではないが、自分の存在を知らしめたいという欲望がある。

「エリート」集団に属することはできなかったが、「大衆」の中に埋没するのも違和感がある。

 この本は、こういう人向けの本でもある。定石だが、なかなかいいところにターゲットを絞ったな、と思う。「エリート集団に属することはできなかった」人の「自分の存在を知らしめたいという欲望」に上手く入り込んでいる。

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