台湾旅行出国入境篇

 今回は旅行代理店のツアーで行った。空港からホテル間の往復とホテルのチェックインは現地の添乗員に付き添って貰い、それ以外は終日自由行動というプラン。
 空港に行き、旅行代理店の窓口で日程表+パスポートを提示して、行きのチケット+帰りのチケット情報の書かれた紙を受け取る。次に国際線チェックインカウンターの航空会社の窓口に行き、パスポートとチケットを提示し、旅行ケースを預けて控えの半券(BAGGAGE CLAIM TAG)をもらう。チェックインは遅くとも出発時刻の90分前までに。
 国際線出発口を入り、セキュリティチェックを受け、パスポートとチケットを提示し出国審査を受ける。その後はビジネスコーナーの無料インターネットPCや軽食店で時間を潰す。出発30分前に搭乗口へ向かい、飛行機に乗り込む。
 今回搭乗した飛行機はエバー航空。機内食でビールが選べる。映画を観たりゲームをしたりして過ごす。フライト時間は2時間30分程度。入境登記表は事前に旅行会社に頼んで書いて貰っていた(有料)が、機内で用紙を受け取りその場で書くこともできる。記入はボールペン使用。
 桃園国際空港に到着。飛行機を降りたら空港建物の2階に出る。「入境」という文字を含む案内掲示に沿って進む。検疫はスルー。入境審査は台湾人用と外国人用で窓口が別れている(日本と同じ)ので注意。パスポートと入境登記表を提示。入境審査を受けたら1階に降り、荷物を受け取る。台湾に持ち込んではいけないものを捜査するために職員が犬を連れていた。税関審査台のある出口を通って外に出る。預けた荷物の控えの半券(BAGGAGE CLAIM TAG)は回収されなかった。

 税関審査台を出てすぐのところ(と入境審査に行く前)に台湾銀行の両替所があるのでそこで日本円を台湾ドルに両替する。両替時の控えは出境時の再両替に必要となることがあるらしい。因みに、日本で両替するよりはここで両替したほうがいい。というか日本国内(日本の空港内含む)の台湾ドルへの両替はぼったくり過ぎ。
 空港ロビーで現地ガイドの人と合流。タクシー(?)で空港から台北市内のホテルへ移動。タクシーで移動中に、両替済ませたかどうか聞かれる。事前にネットで見た話では、ガイドさん経由でも両替ができるらしいのだが、どの程度のレートでどのように両替するかは不明。台湾の紹介と注意事項、ガイドさんの連絡先と帰りの待ち合わせ場所・時間について説明を受ける。建物はおおむね古く密集しており、街全体が雑然とした印象。途中でビンロウ売りの女性が待機している小屋を見かける。
 40~50分かけて、夕方に台北市内のホテルに到着。ガイドさん経由でチェックイン。パスポートを提示。チェックイン後ガイドさんと別れ、ホテル従業員に部屋へ案内される。今回のツアーは、出発35日前以前に申し込んだのでホテルの部屋のグレードがアップするという旅行代理店のふれこみだったが、このホテルの大部分は一番安いグレードの部屋で占められており、実際一番安いグレードの部屋だった。まあこのホテルは設備の新旧や善し悪しにバラつきがあるらしいのだが。私にあてがわれた部屋はよく整備されており清潔だったのだが、窓からの眺めは最悪(というかビルの裏側)だったので終始窓とカーテンを閉め切って過ごした。部屋に一応セーフティーボックス(無料)が付いている部屋だったが、このボックスはその気になれば持ち上げられる程度の大きさで不安をおぼえる。

 荷物を置いて、少額の現金を持って外出。考えてみれば、海外旅行自体が二回目で、しかも一人で海外に行くのは初めてなのでかなり恐かった。まずは、MRTやバスに乗るのに便利な悠遊カードを購入。次に大衆唱片というCDショップへ行く。CDタイトルが書いてある紙を見せてCDがあるか英語で問い合わせるが、ちょっとでも古いCDは置いてなかった。結局置いてあった最新の1枚だけ購入。その後持ち帰りもできる食堂(?)へ行きチャーハンを買って、コンビニで台湾のビールを買ってホテルに引き返す。この日は台風が接近していたので予定していた士林夜市にはいかず、ホテル付近をうろつくのみにとどめ夜は部屋で大人しく休む。
 日が暮れるにつれて雨が降り出してくる。テレビのニュースによれば台風は次の日の早朝に台北付近を通り過ぎる模様。
 そういえば夜0時くらいに寝ている時、部屋の電話が鳴っていたように記憶している(目が覚めてあーなんだろうと思っていたら切れた)んだがあれは何だったのだろう?

「世の中を変えようとするより自分を変えたほうがいい」という発想を納得して受け入れること、できる?

 「世の中を変えようとするより自分を変えたほうがいい」
 最近またこの手の言葉をちょくちょく目にするようになった。まあ大抵は労働や生き方の話で出てくる。
 この手の言葉を初めて聞いた時に私が思ったのが「なんて後ろ向きネガティブな考えなんだろう、この人そんな発想で生きてて楽しいんだろうか」ということだった。それから時は流れ、あの時と全く同じ考えでいるわけではないが、あの時の驚きというか衝撃は今でも覚えているし、未だにこの手の言葉を聞くと違和感がある。
 最近になってこの手の言葉を聞く機会が増えているのだが、この種の言葉を発する人たちは自分がネガティブだとは全然思ってなく、むしろポジティブな発言をしていると本気で思っているように見える。これは私には不思議に映るし興味深い。
 別にポジティブ/ネガティブが良い/悪いなんて話をしたいわけではない。人間の能力や可能性の力を見いだせない人だっているし、それで「どうせ世の中なんて変わらないさ」と下を向いて卑屈に生きることだってそれはそれでひとつの生き方だ。
 言ってる本人が「自分は前向きポジティブ人間!」と振る舞っているように見えることには違和感を感じるし不思議な現象だなとは思うけどね。

 ここでちょっと別の話を。

http://www10.cds.ne.jp/~tomomo/index.cgi?D20080531

今朝の2っ系「不満爆発させる韓国の10代」。米国産牛肉輸入制限撤廃に対し学生デモが頻発しているそうで。曰く、その牛肉を食わされるのは給食を受けている学生だ、とのこと。韓国では民主化を経験しているので「市民運動に参加すれば成果を得られるという意識が根強い」のだそーです。社会を変えられると思える社会、いいですね。

 「世の中を変えようとするより自分を変えたほうがいい」と言いながらも、そういう考え方に対してどこかで違和感や抑圧めいたものを感じちゃう人ってのは、こういうニュースや「社会を変えられると思え」て行動しているような人をあまりいい目で見ないんだろうな。心の底から納得して「世の中を変えようとするより自分を変えたほうがいい」って思えてその通りに行動できる人なら他人が余所でどう振る舞おうと揺るがない筈なんだけどね。「いい目で見ない」程度ならいいんだけど、社会を変えられると思って行動している人を積極的に叩いているのを見ると、ああこの人は本気で「世の中を変えようとするより自分を変えたほうがいい」とは信じてない(しかも自分でそのことに気づいていない可能性もある)んだろうなあ、と思う。典型的な「向上心ある人の足を引っ張る」タイプ。
 中途半端に「世の中を変えようとするより自分を変えたほうがいい」って思いこんで(思いこまされて)しまったがために逆にそれに抑圧されて潰れたり、自分にかかる抑圧のフラストレーションを解消するために「社会を変えられる」と思っている人を不毛に叩いて足を引っ張ってあまり質のよろしくない人生を送ったり、更には他人の人生を不毛に狂わせちゃったりする人もいるんだろうな、なんてことを思った。
 誰かに煽られて脅しめいた言葉を受けて、不安や恐怖から自分が納得しきれないお題目に囚われてしまうくらいなら、下に引用するような発想を持って行動したほうがいいと思うんだけどねえ。というか世の中だけがとか自分だけがとか、世の中はそんな極端というか単純なものじゃないよねえ。難しい人には難しいのかな。
 「世の中を変えようとするより自分を変えたほうがいい」という発想を納得して受け入れることができてその通りに行動できるのなら、少なくとも赤の他人の行動を不毛に叩いたり足を引っ張るようなことはしない筈なんだけどね。
http://www.mammo.tv/interview/archives/no189.html

今の社会のしくみをきちんと理解し、今ある社会に適応して、その中に自分の居場所を見つけていくという側面も必要です。同時に、今の社会のしくみをきちんと批判し、これからの社会を新しく作っていく主体になるという側面も若い世代に求められています。私もこれからいっそう努力します

http://www.mammo.tv/interview/archives/no226.html

特にいまは格差社会だということで「うかうかしていたら生きていけない」「こうやって生きないと人としてダメだ」といった脅迫めいたことを言う人も多い。自分がやりたいことができなかったらといって、人にもそうしないようにさせようなんて最低ですよ。
そういう話をいっさい聞かないで、全部逆のことをやってみるのもいい。「そんなの聞かないよ。知らないよ」って、それくらいやってみせて、びびらせないと相手はつけあがる一方ですよ。こちらがびびって、「まじめにやんなきゃ」と思うと調子に乗るから、強気の態度が必要ですね。

台湾旅行予約篇

 台湾旅行3泊4日に行くために旅行代理店に行ってツアーを予約した。

  • ネットでどんなプランがあるかをチェック
  • パスポートを持って旅行代理店へ行く
  • 基本料金+一人料金+ガイド付き送迎料金+日曜着料金+空港使用料+燃油サーチャージとかなんとか。結局パンフの料金の倍近くなってやんの
  • 二万円前払い
  • 旅行保険の内容を決めておくこと
  • 出入国書類作成代行頼むのは金がもったいないんだろうなあと思いつつも代行を頼んだ。本当にもったいなかった
  • 外貨両替ショップに寄り、とりあえず三万円分を7500台湾ドルに替える。確か香港のお金もそうだけど、どうして「圓」と書いてあるのだろう?
  • 内容確定待ち。確定したら保険の申込みと金を払いに行く

 台湾では向こうの同人音楽CDや商業音楽CDをチェックしたい。あと電脳街で面白いものを探したりよさげな服を買ったりしたい。

スパム対策

 スパムトラバ、スパムコメントが来るようになった。そこで、Wordpressにデフォルトで同梱されているAkismetプラグインを有効にした。
 使用にはアカウントが必要。
http://ja.wordpress.com/signup/
でアカウントを取得できる。

自己啓発の使い方

 速水健朗 著「自分探しが止まらない」読み終えた。「自分探し」の変遷と、現在の日本における「自分探し」とは何なのかについて述べられていた。ここでは、私がこの本を読んでちょっと気になったこと、自己啓発についての私の考えを書く。

自己啓発書が生み出すのは一時的な高揚感、もしくは癒しのみである。またそれがなくなってしまうと、高揚感や癒しを与えてくれる似たような本や体験を求めて、延々と「自分探し」を繰り返す

この本で繰り返し出てきた表現なのだが、「自己啓発→高揚感を得る→高揚感から冷める→自己啓発(以下繰り返し)」という自己啓発にはまるというサイクルがあるらしい。自己啓発への接し方として、私はこれに違和感を覚えた。

 自己啓発の高揚感はほどなく冷める。自己啓発で得たものの大部分はその時に自分の中から消えてしまう。ただ、僅かに何かが残る場合がある。あるいは自己啓発中を振り返り、あの高揚感はなんだったのか?自分はどうしてあんなに高揚していたんだろう?そこに何かがあったのか単に自己啓発の手法によるものなのか?などなど考える。
 自己啓発で得られるものというのはそういうものだと私は思っている。自己啓発ってのはその熱が冷めてからが大事なんじゃなかったのか?
 自己啓発の類は、一時的にハイになるためのクスリ、あるいはドーピング剤みたいなものだと思っている。常にそれを使い続けていたら心身を壊してしまう。一時的にそれが必要になる局面は確かにある。でも常にそれを摂取してハイでい続ける必要があるのだろうか?というかそんなことしてたらいつか廃人になるぞ?常にハイでい続けられる人ってのがたまにいるけど、お前みたいな凡人に同じ真似ができると本気で思ってるの?
 自己啓発によって何かを得たり何かを学ぶことはある。でもジャンキーのようにそれを摂取し続けるという光景はとてもグロテスクに見える。モンティ・パイソンの「幸福の王国物語」をもっとけちくさく陰湿にした感じ。
 破滅するぞ地獄に落ちるぞ上昇できずに負け組になるぞ低クオリティなみじめな人生が待っているぞ、そう脅され続けてその恐怖から逃れるために自己啓発というクスリを日常的に摂取し続ける。そうでもしないとやってられない世界になりつつあるのか、あるいは既になってしまったのか。そうだとしてそういう世界をおかしいと思わないのか。
 なに?世の中の流れや仕組みはどうせ変えられない?前向きな発想・ポジティブシンキングとはその程度のものか、クスリで無理矢理ラリって安い給料で使い捨てられる程度の「自己実現」しかできないか、人間の力を信じられないこのネガティブ野郎め。

2008/03/14追記:「自分探しが止まらない」書評
http://gijutu.dreamlog.jp/archives/1357451.html

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WordTwitプラグインいれてみた

 プラグインは指定のフォルダに入れるだけでいいらしいのだが、設定とかはどうやってするのか?
 管理画面の「各種設定」のところに、WordTwitのタブができていた。ここにユーザ名とパスワードを入力すればよい。

WordTwit


http://kruz-graphix.com/2010/05/wp-plugin-wordtwit/

サーバ作業のため、一時的に全てのデータが消えます

 よろしくお願いいたします。
 これを機に、Movable TypeからWordPressへの乗り換えを検討しております。どうなることやら。

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 日本語吹き替え版がかつて東京12チャンネルで放送されていたことは知ってたけど、実物を観たことは当然なかったので楽しみにしていた。で、ようやく届いた。また1枚目のディスクを観ているところ。
 全てが日本語吹き替えされているわけではなく、また、同じスケッチ内でも吹き替えされている部分とそうでない部分がある。例えば「自転車修理マン」の最後の部分(共産主義云々のナレーション部分)は吹き替えされていない。
 余談だけど、この「共産主義者め!殺せ!殺せ!」の部分で高崎経済大学の八木秀次さんを思い出して吹いてしまった。

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 折笠富美子のアルバムは上野洋子プロデュースでなくなってどうなるかと思ったけど、ポップでこれはこれでいい感じ。
 プノンペンモデルは相変わらずイカれているなあ。

必死で信じ込む人たち

 世の中の治安がどんどん悪くなっています、というイメージを流布して、その後で警備会社や防犯ソリューションのCMを流す。警察の予算増強や、職質の強化のお題目を流す。異を唱える連中は治安の悪化を望んでいる犯罪者予備軍/危ない人、という印象づけも忘れない。
 あるいは、スクランブル情報をおどろおどろしく流す。そしてその後でミサイル実験の成果を発表し、更なる予算増強を求める。これで国民の安全は守れます。ならず者国家の攻撃でかけがえのない人がいつ死ぬかわかりません。ミサイルはお高いですが国民一人あたりにすればたったの数百円!これに異を唱える人は日本が嫌いな人/反日勢力の手先/人命を何とも思わない人でなし、という印象づけも忘れない。
 まあ、警察なり商売人なり自衛隊なりの立場の人がそういうことをするのは理解できる。自分が同じ立場なら同じようにするだろう。興味深いのは、彼らと直接的な利害関係もないのにあたかも彼らの出先機関のごとく彼らの広報を行い、異を唱えるヤツを叩いて廻る人たちがいる、ということだ(しかも無償で)。
 そういう人たちが、彼らの主張に完全に同意しているというのなら理解できるのだが、見ていると実はそうでなくて、そういう人たちは彼らの主張を必死になって信じようとしているのではないか、と感じることがある。彼らをそこまで駆り立てるのはいったい何なのだろう?
 警察なり自衛隊なりの(当然それ以外にもある)国家サービス業は、国民に奉仕するというお題目で存在している。で、現実にはどうかというと、ほどほどに奉仕するしほどほどに奉仕しない。特権的な立場にいる人にとっては非常に良く奉仕してくれるだろうし、もしかしたら逆特権的な人もいるかもしれない。現実問題として国家サービス業は全ての国民に等しくサービスを提供するものではないのだ、残念ながら。
 そういった意味で、前述の「彼らの主張を必死になって信じようとしている」人たちにはある種の悲哀を感じずにはいられない。
 別の見方もある。「必死になって信じようとしている人」は「国家なり政府なりを批判する人」が嫌いなあまり過剰に国家や政府に肩入れしてるんじゃないか。「国家なり政府なりを批判する人」が嫌いであることと、自分が国家や政府(のすること)を批判したり不満を持つことは別に矛盾はしないのだが、そうは考えられないのだろうか。所謂「敵の敵は味方」という考え方か。あまりまともな教養の持ち主には見えない。

 少し話は変わる。うろ覚えであるが、森毅氏が自身のエッセイでこんな内容のことを話していた。
「戦争に負けた頃世間の大人達は、さかんに自分たちは政府にだまされていた、とわめきちらしていた。じゃあこれからはだまされないように気をつけよう、となるのかと思っていたら、今度は自分たちをだまさない政府を作ろう、なんてことを言い出すので呆れてしまった」
 森氏の発言に出てくる「政府にだまされていた、とわめきちらしていた」「世間の大人達」が「彼らの主張を必死になって信じようとしている」人たちとダブって見えてしまう。