「SOS」文字のそばで見つかった白骨死体について、当初は遭難者リストとの照合から昭和59年7月に行方不明になった愛知県の男性会社員(当時25歳)のものではないかと見られていたが、旭川医大による鑑定の結果この白骨は女性のものである可能性が濃厚という結果が出ている。
しかし、付近での女性の遭難届けは出ておらす、また、入山届けも出されていないという。このことが事件当初から漂っていたミステリー性を更に増幅させたと容易に想像できる。
後に、「SOS」の文字付近から性別不明の頭蓋骨が見つかるが(89年7月28日毎日新聞夕刊13面)、これもまた女性のものであるというという外部所見の結果が出たという(1989年7月29日毎日新聞朝刊23面)。
この白骨死体については、身元を特定できるこれといった手がかりが無かったようで、1989年7月30日の毎日新聞朝刊27面に掲載されていた以下のような程度のことしかわかっていないようである。
白骨女性の手がかり
推定年齢 25~35歳
死亡時期 死後1~3年
身長 160センチ前後
歯治療痕 2カ所
血液型 A型
入山時 61年~63年の間
入山届 出ていなかった
遺留品 なし
(1989年7月30日 毎日新聞朝刊27面より)
入山時のところに「61年~63年」とあるが、これは昭和61年(1986年)~昭和63年(1988年)のことを指しているのだろう。毎日新聞の記事を見る限りではこの白骨死体については謎のままである。この記事では推理作家にまでコメントを求めている。
(1999/9/18)