利己主義に走るヤツが増えている

 「アメリカから与えられた戦後の教育と称するものは、民主教育と称し、権利や自由平等を強調するあまり、理念なき自由主義や権利意識ばかり強い利己主義者を大量発生させた」というような物言いがある。
 「利己主義者が大量発生」するような状況であるとするなら、それは自由や権利の教育が徹底していない(簡単なところで言えば、他人にも自由や権利はあるんだよ、みたいなこと)が故の結果なのではないかと思うのだが、そうは思わない人が結構いるらしい。
 冒頭のような発言を聞く度に思うのだが、日本国は近代化された社会で成熟した民主主義が定着していると無邪気に(無意識に)信じ込んでいる人が多すぎるのではないか。
 で、「戦後民主主義教育の弊害」ってこういう現象を言うのではないか?戦後民主主義教育の弊害を憂う人はたくさんいるが「戦後日本は社会的に近代化されて成熟した民主主義国家であると思いこんでいる人間が多いが、それは戦後民主主義教育の弊害だ!」って言っている人をあまりみたことがない。

 話は変わって、こないだの土曜深夜にNHK-BSで日本の降伏を扱った番組(フランス製作)をやっていた。番組最後のほうで、敗戦の責任を国民になすりつけようとする日本のマスコミがいたということが軽くナレーションで触れられていた。曰く、戦争で大変な時に国民は利己主義に徹し云々と。
 思わず苦笑してしまった。今も昔もいるのねこういう奴。あと、このマスコミの言葉を借りると、民主主義にも個人主義にも毒されていない筈の戦前戦中世代も利己主義に徹していたそうなので、頭の悪いボケ老人がほざいている寝言はやっぱり寝言なんだなあと思った。
 戦争に負けたり社会が悪くなっているのは利己主義者が増えているからなんですって。

女子高生GIRL’S-HIGH

というアニメを観た。パンツアニメだった。

5月16日のNスペ

 5月16日のNHKスペシャル『「疾走ロボットカー」先端メカが爆走▽頭脳集結!砂漠の大レース・戦場の革命』を観た。
http://tv.starcat.co.jp/channel/tvprogram/0432200405162100.html
 アメリカ国防総省主催の無人自動車レース。その目的は、戦場に投入できる無人車両開発推進のため。放送序盤にNHKアナが「これは物議を醸し出しそうなことではあるが」と言っていたが、私は「おーすげーすげー自動運転だーすげー」と思いながら観ていた。
 しかし、番組後半であった「自動運転が実現されれば輸送車両の隊列を組むときに先頭車両を一人に運転させて後続の車両は自動運転で済む」という意味のコメントを聞いたときには「おいおい、その『一人』の人間は誰を選ぶんだよ」なんてことを思ったが。確かに数字上の兵士の損失リスクという意味では正しいけどさ。
 それと、航空機の自動操縦の技術って進んでいるのな。自動操縦の偵察機にミサイル積んで爆撃できるのかー。
 今までは、兵器の自動操縦(戦場に人間がどんどんいなくなる→最終的には戦場に人間がいなくなる?)が進んでいくと「んじゃー結局は戦争そのものが人の生死の関係ないゲームになるんじゃん」なんてことを思っていたのだが、よくよく考えてみると(考えなくても)、んなことはねーよなー、なんてことを思った。NHKアナの言っていた「無人操縦を実現することで人的損失がなくなれば、戦争をすることへの抑止がなくなる」という指摘は、恥ずかしながら自分は考えていなかった。単純に機械対機械になるわけじゃねーよなー。技術の進展には地域差があるんだし。
 技術的にはとても面白いテーマであって、ものすごくワクワクする話題ではあるんだけど(レース会場のギャラリーの盛り上がりや、技術者の嬉しそうな語りはものすごく理解できる)、色々と物議を醸し出す話題だよなー。
 個人的には、オートバイの自動操縦に個人レベルで(!)挑んでいたDB技術者が印象に残った。
 このNスペについては、ここで概要がまとめられている。
http://d.hatena.ne.jp/fake-jizo/20040517