いわゆる「厨」なことを書いている人に対して「こいつ本当に中学生なんじゃないだろうな」みたいな反応をしているのをたまに見かけるが、「本当に中学生」なら問題は深刻じゃない。
厨なことを言っているのがいいトシしたおっさんおばはんだった時のほうが問題は深刻だ。
自分の書いたことに対する自己検証能力というか、自己ツッコミを入れられる人なら若いときに一時的に厨であってもそんなに変な方向にイッちゃわない。ただ、それができないまま歳だけを重ねてしまうと…
たまにすげえのいるもんな。うわあ微笑ましい子だなあと思ってプロフィール見ると「45歳妻子もち」とか書いてあったりして…
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利己主義に走るヤツが増えている
「アメリカから与えられた戦後の教育と称するものは、民主教育と称し、権利や自由平等を強調するあまり、理念なき自由主義や権利意識ばかり強い利己主義者を大量発生させた」というような物言いがある。
「利己主義者が大量発生」するような状況であるとするなら、それは自由や権利の教育が徹底していない(簡単なところで言えば、他人にも自由や権利はあるんだよ、みたいなこと)が故の結果なのではないかと思うのだが、そうは思わない人が結構いるらしい。
冒頭のような発言を聞く度に思うのだが、日本国は近代化された社会で成熟した民主主義が定着していると無邪気に(無意識に)信じ込んでいる人が多すぎるのではないか。
で、「戦後民主主義教育の弊害」ってこういう現象を言うのではないか?戦後民主主義教育の弊害を憂う人はたくさんいるが「戦後日本は社会的に近代化されて成熟した民主主義国家であると思いこんでいる人間が多いが、それは戦後民主主義教育の弊害だ!」って言っている人をあまりみたことがない。
話は変わって、こないだの土曜深夜にNHK-BSで日本の降伏を扱った番組(フランス製作)をやっていた。番組最後のほうで、敗戦の責任を国民になすりつけようとする日本のマスコミがいたということが軽くナレーションで触れられていた。曰く、戦争で大変な時に国民は利己主義に徹し云々と。
思わず苦笑してしまった。今も昔もいるのねこういう奴。あと、このマスコミの言葉を借りると、民主主義にも個人主義にも毒されていない筈の戦前戦中世代も利己主義に徹していたそうなので、頭の悪いボケ老人がほざいている寝言はやっぱり寝言なんだなあと思った。
戦争に負けたり社会が悪くなっているのは利己主義者が増えているからなんですって。
個の尊重でルールを守れない奴が増えた
http://blog.goo.ne.jp/rebellion_2006/e/3ba67f99f3a1edf1db9d11153f3f6e88
http://www.sankei.co.jp/shakai/wadai/070621/wdi070621002.htm
体験入隊を取り入れる企業は、こうした規律や礼儀を学ばせることを目的にしているとみられ、物流メーカー「センコー」(大阪市)の呑田好文・人事部顧問は「ルール順守を最優先する自衛隊で、個を大切にする教育を受けてきた世代に、団体行動規範を学ばせたい企業が増えているのでは」と話す。
個を大切にすることとルール順守・団体行動規範が両立しないという発想が面白カッコイイ。色々なところで思うのだが、こういうところでその人(あるいは団体)の知能や民度の低さが出るから面白いな。当人にそういう自覚は一切無いだろうけど。
体感治安
最近凶悪事件が増えて治安がどんどん悪くなっている、という物言いに対して別に統計上治安は悪くなっていないよ、というツッコミの声がある。すると次は「体感治安」という言葉が出てきてこの言葉をダシにして色々モノを言うようになった。その「体感」とやらを誰がコントロールしているのか・できるのかを考えた方がいい。
ふと思ったのだが、「体感治安」を根拠に「安全・安心」をやるということは、治安が良くなったという「気分」を与えればそれでいいわけだ。直接的に治安問題に人・モノ・カネをつっこむ必要はない。「気分を与えて」やればそれでいいわけだ。だって体感治安ってそういうことでしょう。「組織が家電製品を通じて私を盗聴している!!!!」とか「今すれ違ったヤツが俺を見て笑った!組織に雇われた監視員に違いない!!!!」とか言っている人の中ではその人にとっての「体感治安」は最悪なわけだが、それに対応するのは警察の仕事なんだろうか。
まあ、「治安」という名分がつけば色々好き勝手にやりたいことができるよね、最近の流行りとして。
格差社会:拡大し続けないと生活が悪くなるよ
http://anond.hatelabo.jp/20070312035143
結局、全体のパイの大きさを大きくしないと、みんなが幸せになることはないのね。でなきゃ、所得水準の上下間でお互いの足を引っ張り合うだけの、醜い非生産的な行為しか、やることはない。
パイの大きさを大きくすることを諦める=幸せになることをあきらめる。
格差社会の問題を語る際の言説として「経済成長を続けないと庶民の生活はどんどん貧しくなるよだって限られたパイを国民で取り合うんだから(だからもっと生産性を高めないともっと働かないと)」というのを目にする。だがこの意見には納得できない。
というか、その「パイ」の配分方法に問題があると思う。パイそのものをでかくする以前に考えるべき問題は山ほどあるのではないか。具体的に言えば、金持ち大企業への配分がますます大きくなり、それ以外の大多数の人間(所得水準が上の人も下の人もここに含まれる)に対する配分がますます少なくなっている。まずはそこをなんとかしないと。
正社員の給料を抑え正社員の数を減らし、派遣やバイトを「有効活用」して企業はバブルを超える収益をあげ、大企業の経営陣が受け取るカネは増えるがそこで働いている人間の給料は何故か抑えられる。そして更に残業代ゼロで働かせホーダイにしようとしてその他にも労働基準法を企業の都合のいいように変えようとしている。
で、「パイが足りない」んでしたっけ?ふーん。
ちょっと話は逸れる。あと気になることがあって、「パイを大きくし続ける=成長をし続ける」ことをしないと人間の生活は貧しくなるという言説をたまに見かけるのだが、その「成長をし続ける」という発想はヤバイという感覚を持っていないのだろうか。
参考:経済成長せずに幸せになること
10周年
なんやかんやで10周年。そうなのか10年なのか、といった感じ。まあほぼ毎日更新しているようなサイトの10年と、このサイトの10年とではだいぶ意味合いが異なるとは思うが。
最近よく目にする言説で「ネットでは自分にとって都合のいい情報ばかりを選ぶことができるのでいろいろと偏ってしまう」ってのがあって、それは確かにそうだと思うのだけど、ここではちょっと違う話をしたい。
昔から自分にとって面白いものを読みたくてネットを続けてきたし今も続けている。そして面白いものは昔もあったし今もある。これからも出てくると思っている。もしもネットをしていなかったらその面白いものを一生目にすることがなかったかもしれない。それに面白いことをやっている人と友人知人になることができた。ネットをしていなかったら絶対に会うことはなかっただろう。
そういう意味で、この10年は「自分にとって都合のいい」情報や人に触れてきた10年とも言える。で、それは自分にとってとても楽しかったことだしこれからも楽しいことだと思っている。
色々なサイトを見て、色々な人と友人知人になった。閉鎖されたサイトもあるし、今では疎遠/消息不明になってしまった人もいる。もしここを見ていたら連絡ください。
私はまだダラダラとここにいるつもりなので、どうかよろしく。
世代にレッテルを貼るのはとても楽しい
かつて「ファミコン世代」「酒鬼薔薇世代」等々のレッテルを貼られて非難をされてきた世代は、「ゆとり教育世代」というレッテルを手に入れた。ようやく下の世代を攻撃できるようになったね!おめでとう!
9周年過ぎていた
先月の28日でサイト始めて9年が経っていた。すっかり忘れていた。
ただただ書きたいことを書いてきた。サイト運営の方針とか戦略とかは殆ど考えたことがない。根がぐうたらでなので更新頻度が少なかったりやりかけたことをほったらかしにしたりと、怠惰なサイト運営をしてきたが、だからこそ今もこうして続けられているのかもしれない。
最近特によく感じるのは、自分の思ったことを文章に記すうえでのインターフェイスのまだるっこしさだ。日々の経験を通じて、他所のサイトの文章を読んで、ゲームしたり音楽を聴いたりして思うことはたくさんある。ここに書きたいようなことが実はたくさんあるのだ。でも、頭の中に浮かんだことをキーボードを通じて入力する、というプロセスがじつにまだるっこしい。修行が足りんと言われればそれまでなのだが(余談だが、さらにたちの悪いことに自分の思いを口にするときにも同様のことを感じてしまうのだ)。
こんな悩み(?)をかかえつつ、チャンバラクロックはまだまだ続きます。
サイト始めて8年経った
私がサイトを始めたのが8年前の今日でした。すごいよ!8年も続いたんだ!(更新頻度は少ないけど)
しかもしかも、飽きたとかやめようとか思った記憶がない。(気分が乗らないときは無理に何かしようとせず放置してたしな)
インターネットは楽しいな。
みんなファッションモデル
日本女性に『パリ症候群』
http://www.tokyo-np.co.jp/00/kok/20041215/eve_____kok_____000.shtml
こういった女性は「パリにはヴィトンのバッグを提げたモデルがあちこちにいると思い込んでいて、夢と現実の差にショックを受ける」という。
この記事を見たとき、capsuleのキャンディー キューティーという曲の歌詞が頭に浮かんだ。
都会の女の子は みんなファッションモデルで
おめかしをしていないと 罪になるの レディーって大変ね
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CUTIE CINEMA REPLAY capsule 中田ヤスタカ by G-Tools |
頭ではそんなわけないじゃんと思いつつも、パリ(フランス)という言葉を聞いてまず頭に思い浮かぶのはおめかししたファッションモデルであったり野宮真貴やcapsuleのボーカルであったりする。俺の頭はおフランスでざんす・おフランスざますというイメージに毒されすぎ。