25周年

 四半世紀経った。何もしなくても時間は過ぎるとはいえ、驚いている。

 2020年2月頃から日本でもコロナ禍モードに入り、それから二年経つがまだ終わる気配がない。国内外の移動に(制度的・心理的な)制限があるのが意外に堪えている。こんな「25年後」になっているなんて昔の私はもちろん考えていなかった。

 年齢を重ねることで、身体的に衰えを感じているが、思っていたよりもずっと身体が動かなくなっている。そして同時に好奇心や意欲も衰えている気がする。音楽や本に触れる頻度は本当に少なくなった。そして「普通」にすらなれなかった惨めで冴えない人生に愕然としたりもしている。

 もう残り寿命のほうが少ない(年齢的にそう考えて問題ない)中、どう生きていくかを考えている。できること楽しいことをやっていきたいな。

鈴木幸一さんは「口にしようものなら、徹底批判されそうである」と自覚していた

重要な仕事、「家事」を忘れている   経営者ブログ 鈴木幸一 IIJ会長

 2021年3月2日の2:00に公開され、その日の15:38に「(一部不適切な表現があり、筆者の承諾を得て当該部分を削除しました)」という、IIJ会長鈴木幸一さんの文章。削除された部分は以下のとおり。

男女差別をなくすには

わが身を振り返ると、毎日、毎日、たくさんの時間を費やして家事に集中していた時代の女性には、すごみがあると、母親の料理や洗濯などを思い出す。友人は「そんなもんだよ。男の仕事はほとんどが、ある程度の知識があると、なんとかなる。形はともかく、その核心まで、考え抜いた結果というのは、少ないはず」と言う。わが国も、徹底して男女差別をなくそうと、日々、そんな話がメディアに報道されている。東京都では、今後、2~3年間で、あらゆる審議会の男女比率を6対4にするという。つまり審議会の委員の4割は女性になるという方針が出されたようだ。それも変な話である。男女を問わず、にわか知識で言葉を挿むような審議会の委員に指名されるより、女性が昔ながらの主婦業を徹底して追求した方が、難しい仕事だし、人間としての価値も高いし、日本の将来にとっても、はるかに重要なことではないかと、そんなことを思うのだが、口にしようものなら、徹底批判されそうである。本当の男女差別をなくそうということであれば、目先の形だけを追求していても仕方がない気もするのだが。

 味わい深いなと思ったのは引用部後半にある、

「男女を問わず、にわか知識で言葉を挿むような審議会の委員に指名されるより、」

「女性が昔ながらの主婦業を徹底して追求した方が、難しい仕事だし、人間としての価値も高いし、日本の将来にとっても、はるかに重要なことではないかと、」

が対比されている点。「男女を問わず」で始まっているのに対比される部分の書き出しは「女性が」となっており、そこで敢えて男性を除外したのは何か理由があるのだろうか?と素朴な疑問を持った。

 例えばこの部分、「男女が昔ながらの主婦業を徹底して追求した方が、難しい仕事だし、人間としての価値も高いし、日本の将来にとっても、はるかに重要なことではないかと、」と書けば、文章の構成上も「男女差別をなくすには」という小見出し上も自然な流れになるし、加えて言えばここまで批判もされなかったんじゃないか。

 文章の構成や流れを不自然なものにまでして、わざわざ主婦業の話から男性を除外し、ご自身も認識していたとおり「徹底批判されそう」な文章を書いた鈴木幸一さん、一体何をお考えになられていたのだろうか。

 鈴木幸一さんの文章についてのツッコミの数々を以下に紹介する。

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娯楽としての怒り

「怒り」というのは、非常に簡単な娯楽だというのは今までも繰り返してきた通りで、まず素養が要らない。知識が要らない。練習が要らない。道具も要らないし人手も要らない。カラオケみたいに音程合わせる必要もない。しかも、「正義のため」なら後ろめたくない。

 「怒り」ってのは知力も体力も精神力も要求される行為で、しかもそれらをすり減らしていく行為なんじゃないの?と思ったんだけど、「非常に簡単な娯楽」としてしか怒ったことが無い人はこういう考えに至るのかも。

 まあ、この考え方は、怒っている人を冷笑したい時に使えるテクニックなのでこういうのが必要な人生を送っている人は覚えておくといいと思います。
 もちろん、怒ることの無い人生ってのは非常に難易度が高いので、何かに怒った時の自分自身に冒頭のような言葉が返ってきます。

「この手のことを言う人って怒ったことないのかな?ずいぶん楽な人生歩んできてるなあ羨ましいなあ今からでも俺と人生変わってくれないかなあ」と素朴な疑問が出てきますが口にはしません。

2021/5/29追記:

https://friday.kodansha.co.jp/article/182699

「怒り」というのは非常に簡単な娯楽、という人たちは、上のリンクで紹介されているWADA氏のような人をどう見るのか、非常に興味深い。

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音声SNS「Clubhouse」に入会する際の注意点

 ClubhouseというSNSが話題になっているが、ここでアカウントを取る(招待してもらう)際に、知っておいたほうがいいことがある。

その1:プライバシーコントロールはできないものと思え

 Clubhouseは招待制であり、招待する人があなたの電話番号(SMS利用可能)を知っている必要がある。そして、招待した人以外の第三者がClubhouseのアカウントを持っていて、更にあなたの電話番号をiPhoneの電話帳に登録している場合、その第三者はあなたを(第三者の意思に関係なく)自動的に見つけてフォローしていると考えるべきだ。

 例えば、あなたは家族やリアルの友人知人や職場の同僚や上司部下にはあまり知られたくない趣味の活動をしていたと仮定する。そのうえで、その趣味の仲間からClubhouseに招待されたとする。

 あなたは嬉々としてClubhouseにアカウントを作成し、趣味の活動に使っているハンドルネームや趣味用のTwitterやInstagramやブログのURLを登録する。

 さて、あなたのClubhouseのアカウントはあなたの電話番号と紐づけられている。あなたのその電話番号は趣味を同じくする同好の士しか知らないのであれば、このエントリを読む必要はない。しかしそうではない人も(そうではない人のほうが?)多いはずだ。

 あなたの家族やリアルの友人知人や職場の同僚や上司部下がiPhoneの電話帳にあなたの電話番号を登録している、加えて、彼ら彼女らがClubhouseのアカウントを取得した場合、その時彼ら彼女らはあなたのClubhouseのアカウントを知ることになる。(なんなら自動であなたをフォローすることになる)

 これはあなたにはコントロールできないことである。他のSNSなら趣味用のアカウントと、リアルの知人用アカウントを別々に作ることはできるだろうが、Clubhouseはそうはいかない。他人があなたの電話番号をiPhoneの電話帳に登録しているかいないかが全てを決める。

その2:アカウント名や姓名の記載を変えることは一回しかできない

 ClubhouseというSNSは慈悲深い!一回は変えられるんだ!

 あなたの電話番号を知っている人は誰でも、あなたのClubhouseアカウントを見ることができるという前提で、色々な設定をしたほうがよいと思います。

 それでは素敵なClubhouseライフを!

参考リンク: https://japan.cnet.com/article/35165882/

24周年

 24周年。干支が二周した。本当なのか。

 「普通」になれないと人生苦労する確率が高いけど、「普通」になれない奴はどうあがいてもなれない。かしこい人はそういうことにとっくに気づいているが、なかなか気づかない人もいる。もっとかしこく生まれたかった。

 「普通」になれるのなら努力でもなんでもしてなればいいけど、なれない奴がそれをやっても病んでキチガイになって「存在価値のないキチガイは死ねば?」という扱いを受けるハメになる。

 「普通」にすらなれなくても人生は続くし惨めったらしく野垂れ死にたくない。「普通」にすらなれない自分の特性をもっと早く自覚できればよかったのに。

 人間や社会は時としてブラックボックスで、そのブラックボックスの動作原理を探りながら生きている。昔に比べればなんとなく解った気にもなる一方で、何も解ってないんじゃないか?という気分にもなる。自分はいちいちお勉強して経験を積んでも「普通」のレベルにすら追いつけないようだ。

 24年前にこのサイトを始めた時のことを書く。当時「ハイパーノイヅ」というサイトがあったのだが、ハイパーノイヅは「自己紹介サイト」を自称していたと記憶している。今思うと、個人サイトってのは確かに「自己紹介サイト」だよなあと思う。

 あの時、面白いサイトが既にいくつもあったけど、みんなあの時から24年分歳を取っているのだ。え…そんなに…?

とにかく五輪を開催しTai!今更やめられるか!

日刊スポーツによる、国際オリンピック委員会(IOC)委員で国際体操連盟(FIG)会長である渡辺守成氏のインタビュー記事。

https://www.nikkansports.com/sports/news/202011110000925.html

「開催しなければ日本の経済がガタガタになる」「投資は回収すべき」渡辺守成さん、知性溢れる大変素直でおもしろカッコイイ発言だと思います。

そして極めつけは「今の東京五輪は丘の上の豪邸。そこが火の車になろうが、コロナでどうしようが、全く国民は興味がない。そうではなく、みんな一緒に長屋に住んでいて火事になれば、みんなで助ける」。

豪邸から出るつもりもないくせに、とか、長屋に住んでいる人たちだってコロナで七転八倒しているんですよまさか自分だけが大変だと思ってる?などツッコミどころが山ほどありますが、長屋に住んでいる国民どもが豪邸に住んでいる俺たちを助けて当然だ、という熱い本音がひしひしと伝わってきます。ご苦労さん帰っていいよ。

こういう人を見ると、本人の顔や名前はどうでもいいけど、この人の両親の顔と名前にたいへん興味が湧いてきます。「本音」によって聞く人の興味を引く渡辺守成さん、なかなかの人物だと思います。

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完璧な研修屋話法

https://togetter.com/li/1479281

https://webcache.googleusercontent.com/search?q=cache:-EoxrKP7LREJ:https://en-gage.net/tsunagari_saiyo/+&cd=2&hl=ja&ct=clnk&gl=jp&client=firefox-b-d

仕事舐めてる若者が多すぎます。

土日休みがいいとか意味がわかりません。

サービス業で土日休みたいとか世間を舐めてますね。

有給に関してもそう。

有給消化なんて周りのこと考えたら使えないはずです。

稼いでから言えって話。

残業したくないとか勉強不足。

残業代なんて出すわけがありません。

自分が成長したり稼ぐ為に必要なのに

その努力すら怠るなんて世間を舐めてるとしか思えません。

そういう舐めてる人は叩き直します。

いや叩き潰します。

新型コロナだって体調管理ができてない証拠。

あんなもの気持ちいれて働いてたらかからない。

当たり前のことができない人は必要ありません。

仕事を本気でやるならわかるけど、

舐めてる人はいりません。

https://webcache.googleusercontent.com/search?q=cache:-EoxrKP7LREJ:https://en-gage.net/tsunagari_saiyo/+&cd=2&hl=ja&ct=clnk&gl=jp&client=firefox-b-d

 15年くらい前の新入社員研修に出てきそうな、法知識と知能が足りない研修屋さんの思考を完璧にエミュレートした文章で正直感動した。並みの知能では書けない文章だ。

マネージャーは現場と同じ目線で一緒に汗をかきながら奮闘する必要は無い

 『日本では現場のメンバー達が、マネージャーに同じ目線で一緒に汗をかきながら奮闘してほしいとどこかで期待していること。 「意思決定に集中するマネージャー」というのをどこか物足りなく思うメンバー、という構造 』とあるのだが、このような構造が発生するのは当然・当たり前・何が不思議なの?と思っている。

 そもそも経営者でもなんでもない人間(バイトにでさえ!)に「経営者目線で思考して動くべき」と言い続けてきてきたビジネスギョーカイ。この言葉を最初に耳にしたとき、経営やマネジメントの立場を自己否定するようなことをよくもまあ得意気に言えるなあと思ったし今でも思っている。マネジメントの立場をそんなに自己否定するなら辞めればいいんじゃないでしょうか??日本には職業選択の自由があるんですよ?

 つまり、「下っ端でも経営者目線で考えて動け、でもマネージャーは現場目線で汗をかきながら奮闘なんかする必要は無い、それはマネージャーの仕事ではない」なんて甘えが社会で通用するのでしょうか?学生気分が抜けていないのでは? ということ。

 なんていうフレーズが思い浮かびますね。え?思い浮かばない?なんで?

23周年

 もう23年前とはすっかり生活も変わったし、可能性もどんどんと失ってきた。「普通」のレベルを満たすことの大切さも身に染みて理解している。「普通」が何なのかは未だによくわからないけど、自分が「普通」にすらなれずこの先もなれる見込みが非常に薄いことはわかってきた。

 何年か前は、もうここで書きたいことは一通り書ききった、と思っていたけど、ここ何年かはまだまだ書きたいこと言語化したいことが湧き出ているなと思っている。気力体力が無いのでなかなかできないけど。

 みじめったらしく野垂れ死ぬ可能性に怯えて生きる社会は健全ではない。本当にそう思う。まあでも楽観的に考えて生きれば楽観的な状態の方向に引っ張られるらしいですよ?

紅白歌合戦での美空ひばりAI再現

 2019年12月31日のNHK紅白歌合戦で美空ひばりがAIで再現されて「新曲」を披露したそうで。

https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000706.000019470.html

 で、紅白序盤のほうで「AI歌唱」として美空ひばりが再現される製作過程の紹介VTRが流れていたんだけど、まず思ったのが「美空ひばりは金儲けツールなんだな」といううことだった。あとは「死んで何十年も経ってなおこんな形でいいように利用されてしまうんだな」と。

 そして、天童よしみのインタビューとか、会議室で厳かに作詞する秋元康の姿とか、 そういった絵面がザ・悪趣味グロテスクバラエティショーを強化していて、NHK性格悪いな、よりによってこれを紅白の時間帯にお茶の間に投げ込んでくるのかと最近のテレビショーギョーカイの進歩に唸らされた年末であった。

 ただまあ、それ言い出したら例えば「織田信長の再現肉声」もグロテスクになる筈なんだがそうは思わないよなあ。